リスボンにて:ネットワーク科学=つながりをひも解く道具箱

いまポルトガルのリスボンで開催されている国際会議「ComplexNetwork2019」に出席している。さまざまな関係性、すなわちつながりのデータを解析・モデル化・応用する『ネットワーク科学』(Network Science)に関する国際会議である。ネットワーク科学はありとあらゆるビッグデータを理解するときに重要になってきた。90年代の末に転機となったブレークスルーをきっかけにして、20年以上にわたって急速に研究が進んだ。昨年の英国ケンブリッジで開催された同じ国際会議では、投稿数400件以上、採択された発表件数は300件近くに上り、今回もそれに近い数だ。
ネットワーク科学そのものについては、我がチームの井上寛康氏が共同翻訳した研究者向けの本『ネットワーク科学: ひと・もの・ことの関係性をデータから解き明かす新しいアプローチ』(共立出版、2019年)(*1)をぜひご覧いただきたい。また一般の読者向けには、私が共同翻訳した短い読み物『ネットワークリテラシー:ネットワークについて知っておくべき7つのコンセプト』が無料でダウンロードできるので、こちら(*2)をご覧いただきたい。
(*1) リンク
https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320124479
(*2) リンク
https://sites.google.com/a/binghamton.edu/networkliteracy-jp/
さて、ネットワーク科学という研究は最初からこんなに大きなものであったわけではない。実際、90年代の末に参加したときには、国際会議というよりは20人程度の酔狂な研究者のつどいのようなものであった。研究していたのは、最初の開拓者(イノベーター)と「なんだか面白そうだ」とやり始めた追従者(フォロワー)だった。イノベーターの一人であるDuncan Wattsという研究者の講演を聞いたとき、私自身は正直「何が面白いの?」と感じたが、それと同時に「自分だったら何を調べたいか」と考え始めたことを覚えている。それが漢字のネットワークであり、当時国内最大のSNSでの友人ネットワークの共同研究(*3)につながり、やがて経済ネットワークの研究(*4)へ進むことになった。
(*3) リンク
https://arxiv.org/abs/physics/0701168
(*4) リンク
https://www.cambridge.org/jp/academic/subjects/physics/econophysics-and-financial-physics/macro-econophysics-new-studies-economic-networks-and-synchronization
このように、小さなきっかけが大きなうねりになっていく経験はとても興味深い。私が体験したもう一つの研究は量子コンピュータだ。ある国際会議で、「ブラックホールの蒸発」という一般相対論と量子論の研究で知られる研究者が量子計算の話をレビューした。会場の人々はホカーンとなっていたそうだが、その会議から帰ってきた私の師匠が興奮気味に「何が起こっているのか、ほとんどの人は分からない。ごく数名の者だけがブレークスルーが目の前で起こっていることを瞬時に悟って熱狂する」と語った言葉は忘れられない。
社会運動のうねり(*5)も同様である。このTED Talkの冒頭で紹介されているビデオはとても印象的だ。「なんだか面白そうだ」とやり始めた少数の追従者(フォロワー)がとても重要である。関西弁でいうところの「いらんことしい」だ。海のものとも山のものとも知らぬことに頭を突っ込んで、その意義を感じとり、実際にアクションを起こす人たちだ。それらの人たちは奇異に見られるし、リスクも背負う。書いた論文はどこにもアクセプトされないかもしれない。そんな論文を書く研究者は笑われるだけでなく、下手に評価されるとクビになってしまうかもしれない。しかし、そのような人々を許容したり、研究を育んだりすることはとても貴重である。
(*5) リンク
https://youtu.be/V74AxCqOTvg
ところで、リスボンでは私の趣味であるアルゼンチンタンゴのミロンガ(踊りたい人々の集い)に行ってみた。当然周りはポルトガル人がほとんどである。私のようなアジア人はまったくもってめずらしい。タンゴでは男性が女性に視線(カベセオ)を送って踊りに誘う。初めての場所でお互い見ず知らずなので、これはとても難しい。ところが私の視線を受け止めようとしてくれる女性がいた。そして、「このアジア人はいちおうは踊れそうだ」と分かると、それに追従して視線を受け止めてくれる勇気ある女性がわずかだが出てくる。女性との抱擁の中で「なんだか学問の発展と同じよだなあ」と感じながら、リスボンの夜は更けていくのであった。タンゴの話はキリがないので(笑)、それはまたの機会に。

おわり